全国高校生法律討論大会のこれまで、現在、そしてこれから

全国高校生法律討論大会実行委員会の足跡を辿ります。

全国高校生法律討論大会実行委員会です。更新が遅くなり非常に申し訳ありませんでした。2021年を迎えて、これまで3年間実施してきた「全国高校生法律討論大会」の実践についてまとめて発信しようと考えました。

 

この大会は年々規模が大きくなり、3年間をかけて「法学を学んだことがない高校生が、まず最初に法学に触れる機会」を創出することに貢献できたのではないかと思います。数えたところ、過去3年でのべ180名の高校生が本プログラムに参加してきたことになります。一体私たちが何をしてきたのか、何を目指してきたのか、そしてこれからどうしていきたいのか。今回はそうした全国高校生法律討論大会実行委員会の総括的な報告記事となっています。

 

全国高校生法律討論大会実行委員会とは

全国高校生法律討論大会実行委員会は2018年の年始に、法教育に関心のある弁護士、ロースクール生、法学部生などが集って組織された法教育を目的とする任意団体です[注1]。集ったメンバーの特徴は法曹はもちろん、将来的に法曹を志望していたり、あるいは法学部での勉学に充足感を感じている学生で構成されています。創立メンバーとなっていたロースクール生は司法試験に合格され、法曹の道に羽ばたこうとしています。

  

そして何より構成メンバーの多くが大学生時代に、大学対抗の「法律討論」という競技に挑戦していたことがあります(全国大会も存在する競技であり、ぜひ高校生の皆さんは大学生になったら挑戦して頂きたいと思っています)。

  

確かに組織のメンバーは、法学部に入学したことに充足感を感じている人が多くを占めています。すなわち将来何らかの形で法学に関わる仕事に就く、あるいは研究に携わるというビジョンを持っています。

 

しかしながらメンバーの周辺にいる法学部生は、満足している方ばかりではありませんでした。法学部じゃなくて〇〇学部に行けばよかった、法学にあこがれてきたけど法学には向いていなかった・・という声も聞いてきました。その原因について実行委員会内で共通見解をまとめたところ「法学の学習は高校教育の延長線上にあらず、イメージを持てぬまま大学に入学することでミスマッチを起こしているのではないか」という仮説を立てました[注2]。

 

「高校教育の延長線上にない」とはどういうことでしょうか。

 

例えば理学や工学には理科や数学が対応することがイメージできます。文学に関しては現代文や古文が基礎になると考えられるでしょう。外国語学に関しては英語の学習を発展させたものだと想像がつきます。しかし法学に関しては対応する科目が高校教育には見当たりません。近しい領域としては「倫理・政治経済」がありますが、その学習も条文や判例などの暗記が多く、法学部に入学したあとの学習内容との激しい乖離があるのではないかと我々は問題意識を抱いていました。

 

では法学部で学ぶ内容とは何か。様々な意見や議論はあるとは思いますが、私たちなりにまとめた考えは「法律を”道具”として使えるようになるための学習」というものです。つまり法律(みなさんが想定しやすいのは条文や判例)を暗記するのではなく、法律を使って紛争を調停したり、自分(ないしは誰か)の身を守ったりする際に用いられる思考や技能を包括的に学べるのが法学部です。

 今回の大会では、皆さんに“法律問題を解く”ということを体験してもらいました。しかし、それは法律の知識を暗記してもらいたかったからではありません。これから幅広い分野で活躍する高校生の皆さんに、法律は“よくわからない怖いもの”ではなく、自分で使う“道具”だということを理解してもらいたかったのです。

 法律の勉強をしたことのない人の多くは、法律は“よくわからない怖いもの”であり、ただ自分のことを縛る嫌なものだといいます。

 しかし、入門講義でも強調した通り、法律は“ルール”です。そのため、法律の問題を考えるときは“ルール”(=規範)を示し、それがあてはまる状態か否かを考える(=あてはめ)という頭の使い方をします。この、法律が“ルール”であるということを正しく理解すると、法律はただ自分のことを縛るだけのものではなく、むしろ、自分たちが使う“道具”なのだ、という見方ができるはずです。

(法律討論大会を振り返って)
https://houritsuronshu2020.hatenablog.com/entry/2020/02/25/153221

 

そうした技能を磨く上では、法学の学習は「暗記」するだけで済むものではなく、明快な正解がない規範・価値問題に、法律を道具として扱いつつ数多くの証拠や論拠をもとに、論理的に判断を下さなければなりません。法学部には「リーガルマインド」という言葉にもあるように、こうした法学の特殊な問題に向き合う態度を身につけなければならないのです。そして法学への「不適応」を感じてしまう原因は、法律を”道具”として扱う能力とは誰もが簡単に身につけられるものではなく、学び手を選びうるような属人性があるからではないかと考えられるからです。

 

ところが高校時代の学習では、法学部で学ぶことによって獲得される専門性とは何か、その存在を知りえない状況にあります。そして十分に法学部で何を勉強できるのかイメージできないまま、曖昧な印象を持ちながら受験勉強を経て、法学部に進学せざるを得ないのです。また仮に「リーガルマインド」を知っていたとしても、概念だけを本で知ればわかるというものではなく、実際に個別的問題に取り組まなければ掴めないものでもあります。それは既存の法教育の内容ではなかなか補いきれなかった価値だと私たちは考えています。

 

第一回・第二回全国高校生法律討論大会

そこで全国高校生法律討論大会実行委員会は、高校生が法学部に入学する前段階として、あるいは法学部を志望するか悩む材料を提供するために、2018年に以上のような「やってみて法学をわかる」機会を提供するべく、新規の法教育プログラムを設立する流れとなりました。それが「全国高校生法律討論大会」でした。本大会は法学部進学を少し考えている高校生に、法学部入学後に取り組む「法を道具として扱う」学習を体験してもらうことで進路再考の機会を提供し、法学部へのミスマッチの防止を目的とした教育プログラムとなっています。

 

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2018年に開催された第一回大会と、2019年に開催された第二回大会は、どちらも「討論大会」形式です。法学に関心のある高校生が全国より関東に集結し、3日間をかけて法律のレクチャー、グループワーク、法律討論をこなしていきます。

 

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まず高校生が法科大学院生や法曹などを講師とした「法学レクチャー」を受け、その後はレクチャーで得た知見を使ってグループ分けのための予選問題に解答していきます。

 

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さらにその後はグループ対抗で本選問題に挑戦し、グループで議論しながら一つの結論にまとめた論文を書きます。最終的には書きあがった論文をグループの代表者が壇上で読み上げ、他のチームが質疑応答という形で議論を戦わせるというものでした。以下の写真は第二回大会の本選問題の一部です。

 

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第一回大会(憲法)、第二回大会(刑法・刑訴法)ともに白熱した議論が繰り広げられ、実施前の下馬評では「高校生には法律を使った議論は無理じゃないか」と各所で言われていたものの、それを覆すような白熱した討論を目の当たりにしてきました。

 

houritsuronshu2020.hatenablog.com

本大会を開催するにあたっては、数多くの関係各所の皆様のお力を拝借いたしました。理想的な会場、机・椅子を無償同然で提供いただきました。こうした皆さま方の協力により本大会は実現できました。

以上の二回の大会を受けての気づきは、この大会は「法学に触れる」ことを通じた学問への導入としてだけでなく、もっと高校生は高次の経験を望んでいるのではないかというものでした。

 

確かに以上の大会は「法学とはどういうものか」を知るには良い機会だったと考えられます。しかしながら参加者の中には、その導入だけでは飽き足らず、もっと日常的な法的問題を考えてみたいとか、世界的な政治・法律問題について考察してみたいなど、より「自分のテーマに向けて羽を伸ばす」ことに関心を持った参加者も多く見られました。もちろん第一回・第二回大会共にハードではありましたが、大会側がセッティングした題材をこなすことによる「法教育」に留まっていたことも事実でした。

 

そこで、高校生が自身で掘り下げた「法学研究」を発表する機会にも本大会は発展できないかと、実行委員会でも議論されました。具体的なモデルとしては学会形式での口頭発表や、ポスター発表などのセッションなどのモデルも検討されました。これらの議論の結実が2020年度に開催された誌面上の討論大会、「全国高校生法学論文集2020」になります。

 

全国高校生法学論文集2020 (有斐閣協賛)

2020年にはコロナ禍により、今まで実施されてきた対面での「法律討論大会」の実施が困難となりました。また任意団体の予算状況なども考えると、中止や団体の解散もやむを得ないと考えていた最中でしたが、緊急事態宣言により高校生が自宅学習を進めていることを踏まえ、自宅でもできる法律討論大会+法学研究の機会を創出できないかと実行委員内で検討が進められました。

 

そうした中で生まれたのは「全国高校生法学論文集2020」という誌面上の懸賞論文大会です。いわゆる懸賞論文コンテストは昔から数多く行われており、かつ受験数学においても難問に解答して誌面上でのコンテストがあることを踏まえ、それらの法学版ができないかというアイデアでした[注3]。

 

たとえステイホーム期間中でも「法学の難問に論文形式で回答し、かつ全国のライバルたちと順位を競い合う」というコンテストが開催されれば、各高校生が友人たちとZOOMを使って基本書や判例を読んで論文を制作するなどして、充実したステイホーム期間になるのではないかと考えました。また「論文集」という形式であれば、懸賞論文を発表できると同時に、高校生自身が法学や政治学に関連した自主研究の論文も発表できるのではないかとも考えました[注4]。そこで「懸賞論文部門」と「一般論文部門」の二部門を開設しました。

 

論文執筆期間はたっぷり三か月間を用意し、しかもその三か月でプレ登録してくれた参加者に対しては、「論文の書き方」や「研究の作法」などについても指導するメールマガジンが送られています。具体的な内容としては、論文の構成や体裁面、さらには参考文献や引用の方法などの基礎的な研究活動のルールについても解説されています。

 

また今大会に関しては本大会実行委員の弁護士の先生が、懸賞論文の考え方や論点を簡単に解説するポッドキャスト『高校生からの法学』も配信されました。こうしたメディアを準備することで、高校生が初めて法律論文を書くことへのサポート体制も充実させることができました。

 

anchor.fm

 

2月中に論文の募集を開始し、5月15日に投稿を締め切りました。結果的に全国より37もの論文(懸賞25本、一般12本)の投稿を受け付けました。論文集は以下の形式で一冊のWeb論集にまとめました。

drive.google.com



その後懸賞論文については実行委員会による審査期間があり、順位づけに腐心しながらも、以下の論文の投稿者に各賞を贈呈しました。

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1.最優秀論文賞(最高得点)
2.優秀論文賞(上位5論文)
園田紫子・稲垣葵 中央大学杉並高等学校
岸野恵理加 広尾学園高等学校
﨑田佳央 聖心女子学院高等科
3.部門賞(各部門最高得点)
〇刑事法学部門
橋本美咲 聖心女子学院高等科
〇民事法学部門
公法学部門
岸野恵理加 広尾学園高等学校
政治学部門
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高校生たちは「宿題的」に取り組んでいるのではなく、独自の視点で課題やテーマを掘り下げ、受賞者以外にも、あるいは一般論文にも秀逸な作品が揃っております。コロナ禍で学校が再開されず苦しい日々を送った高校生は多くいる中で、我々が貢献できたことは些細でしかありません。ただそのステイホーム期間中でも「法学に最初に触れる機会を提供する」という目的は達成されたのではないかと評価しています。
 

また嬉しい反応もありました。中央大学杉並高校で共著で受賞された園田さん・稲垣さんについては、中央大学杉並高校のホームページで受賞報告を掲載していただけました。『「法学五輪」等の呼び名を持つ、「全国高校生法学論文集2020」』と記載されているのは大変恐縮ですが、これからも法学の道に進むにしても、別の道に進むにしても、持ち前の興味関心の深さや論理的思考能力は今後の武器になるはずです。団体一同心より応援しています。

 

www.chusugi.jp

 

さらにこれまでの大会のOBなどからは、「全国高校生法律討論大会や法学論文集への参加が法学部に進学するきっかけになった」という声を頂きました。そして奇遇にも私たちが所属していた大学の法学部で、本大会の多くの参加者が学んでいます。しかしながら同時に我々にとって嬉しかったのは「この大会に参加したことで、私には法学部への進学は向いていない決断することができた」という声も頂けたことです。

 

結局この大会は、法学部に進学する人数を増やすために行っているわけではありません。あくまで大事なのは将来的な「学問へのミスマッチ」を防ぐことなのです。向いていないと感じながら法学部で学び続けることは想像しがたい辛さです。それは2・3年次に別大学に進学できる編入学試験が存在しており、かつ限られた枠に無数の学生が殺到している状況を鑑みると、法学部に限らず「ミスマッチ」の問題は根深い課題であるように思います。

 

 同じ大会に参加した人の中には、既に「自分は法学部に進学する」と心の中で決めていた人も多くいました。でも一日目が終了した時点で「なんか思っていたのと違う」と呟き、進路選択をもう一度考え直すという人がいたのも印象的でした。自分の場合は「法学=得体の知れないもの」だったので、見えない状態で入試に突入するよりは、ちゃんと法学とはどういう学問なのかを掴んだ状態で、東大推薦入試の面接試験に挑めたのも良かったです。結果的にこの大会を受けて「自分は法学部に行っても大丈夫だ」と確信に至ったのですが、そうした思考に至れたのも、法律討論大会で「法学の学問的特質」に触れて、四年間費やしても大丈夫かと判断できたからだと思います。


第二回参加者へのインタビューより

その意味では「自分にとって法学は無理だと感じた」というフィードバックは、ネガティブなことかもしれませんが、高校生本人目線でいえば将来的に「自分には法学は無理だ」と悩み、大学四年間の充実感が損なわれうる可能性を防げたという点では好ましいことだと思っています。あくまで重要なのは、個々人の自己実現的な進路選択に寄与することであると考えています。一方で本大会が「法学とはこうである」を分かってもらうのに十分な質のプログラムであるかについては、プレッシャーを感じながら議論を重ねてきました。それは第二回開催時に高校生に対して出題する問題が、一年がかりで作られたほどでした。

 

今後の話

(1)2021年度大会の開催は「未定」です

最後に今後の話です。2021年度の開催は現状においては未定です。過去3回にわたって本大会を1度開催するにあたっては多くの法律スタッフやオペレーションスタッフが関わっています。しかしながら過去3回の大会で主導的なオペレーションスタッフを担っていた者(実行委員長)が、一人は修士論文の執筆と就職活動に、もう一人は司法試験という事情に直面しています。こうした個人的な事情が足枷となって、なかなか本大会を今年も前向きに開催できるビジョンは立っていません。

 

また、第二回大会終了時より運営スタッフで議論されていたこととして、本大会は「社会実験」であり「実践研究」であるというものです。つまり、過去3回の大会を通して高校生のより良い進路選択に貢献するためにはどのような環境が高校内外に揃っていることが重要なのか、法学との「ミスマッチ」を起こさないためにはどのような経験をしているべきかなどについて、わたしたちが洞察・省察した内容を、一種の「研究成果」として発信することにより、問題意識の根底にある「学問のミスマッチ」を防ぐことに貢献できるのではないかという心境の変化が生まれました。そして現時点でやるべきなのは、新しい大会を開くことではなく、過去3年で行われたことを「知」として発信することではないかと考えています。今回の記事はその一環として執筆しています。

 

(2)学びを止めないためにできることはあると思っています。

上にも書いたように、今年の開催は未定です。このことは先輩の参加している姿を間近で見て「2021年度こそ私も参加したい」と思っていた高校生の期待を裏切る結果になってしまうかもしれません。そのことについては大変申し訳ないと思っています。

 

しかしながら「全国高校生法学論文集」という大会や組織の枠組みがなかったとしても、法学のテーマについて自分自身で探求してみたり、法学・政治学論文を書いてみるという経験は誰にも開かれているものだと考えています。なのでぜひとも、今年度の大会の開催に左右されず「学びを止めない」で欲しいと願っています。その上でもしも必要であれば、皆さんの執筆した論文についてアドバイスすることは(関与メンバーに余力があれば)継続的にしていきたいと考えています。

執筆した論文はこちらに送っていただければ、あるいは質問などがあればこちらに送っていただければ、研究や学習に向けたアドバイスができるかもしれません。

houritsutouron2020@gmail.com

 

(3)本格的なプログラムとして引き継いでくださるアクターを募集しています。

また私たちにとって「全国高校生法律討論大会」や「全国高校生法学論文集」は前述の通り「社会実験」として位置づけております。したがってこれらのプログラムを本格的な教育プログラムとする上では、大学、法科大学院、弁護士事務所、弁護士会、法学書籍を販売する出版社、司法試験予備校など、より大規模かつ高校生に充実した学びを提供しうるアクターに引き継ぐことができるならば、私たちとしても非常に嬉しいものです。そしてその際には弊団体が持ち合わせてきた過去3回で培った経験知などを共有できればと考えています。その際につきましても、メールアドレス(houritsutouron2020@gmail.com)に遠慮なくご相談いただければ幸いです。

 

今回の記事は以上になります。全国高校生法律討論大会実行委員会から、コロナ禍の中オンラインで実施された全国高校生法学論文集の実践までをとりまとめて報告させていただきました。何卒今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

 

[注1]2018年の新年に生まれたアイデアであり、そこから急ピッチで大会の骨子や素案が作り上げられ、そこから一か月後には第一回大会の参加者募集が始まりました。
[注2]もちろん法学部のみで見られる特徴ではありません。しかしながら法学部の場合は「やりたいことではない」ではなく「向いていない」を理由としたミスマッチが多いのではないかと考えています。
[注3]実行委員の中には、懸賞論文や懸賞エッセイコンテストなどに作品を投稿することを行っている者がいた上に、数学の懸賞コンテストにも投稿した経験を持つ者も見られた。

[注4]「論文誌」とは一般的には査読付き論文誌(ジャーナル)を指すものといえるが、本誌はあくまで無査読で、投稿すれば誰でも掲載することができるものである点、権威性がある論文誌ではないことには承知されたい。しかし自分の論文が掲載がされることで達成感を味わうことができる。コロナ期に部活や体育祭、文化祭など「達成感」を味わう機会が奪われた高校生に、いかなる形式であれば達成感を味わってもらえるか検討に検討を重ねてこのスタイルとなった。